44杯目 共感と理屈とAIと
カランコロン‥‥スナック「朝井」へようこそ。44杯目のお読み物をお届けします。
【本日のおしながき】
・本日のおつまみ
・「ヒロアカ」の話
・バトル漫画を読むのが難しい話
・共感できない漫画の話
・理屈か、感情か
・チャットGPTと遊ぶのが楽しい
・ドラマ「ソロ活女子のススメ」にありそうなエピソードを考えてみた
・来月の「二軒目どうする?」観てほしい
◆本日のおつまみ
何日か前のTwitterでも書いたのだけど、チーズアーモンドの新しいおやつ。私、そもそもチーズアーモンドがすごく好きなんですよ。すごく好きなんだけど、アーモンドが邪魔なときがあるなぁと常々思っておりました。このおやつはせんべいのしょっぱさと、チーズクリームのコクがおいしいわけであり、アーモンドは別になくてもいい。あっても困りはしないけど、なくてもいい。

と喜んで食べたら、最後にめっちゃアーモンド単体が出てきてずっこけた。
違うんだよ…チーズせんべいを食べたい気分のときは、アーモンドを食べたいわけではないので、アーモンドは単体で入れなくていいんだよ…
求めていたおやつがついに発売されたかと思って浮足立ったのに、そういうことじゃなさすぎてずっこけました。このアーモンド入れてる暇があったら、チーズせんべいの数を増やせよ!! 第一話って書いてあるから、もしかしたら今後アーモンド無しバージョンが発売されるのかもしれないけど……。
このチーズアーモンド事件をきっかけに色々思考を巡らせた結果、もしかしたら私は「せんべい+ナッツ」の組み合わせにそもそも魅力を感じていない可能性に思い至りました。柿ピーも柿の種だけを食べたくて、ピーナッツは食べたくないので、柿の種だけが入っているものを買うのです。これまで、ピーナッツにあまり興味がないからだと思っていたのですが、仮に柿の種とピスタチオが同じ袋に入っていても、そんなに嬉しくない。私の中で、せんべいを食べたい気分と、ナッツを食べたい気分が同時に発生することがないのかもしれません。あと、根本的に「和」のものとナッツが合わない気がしています。タイ料理にピーナッツが入っていたり、フレンチやイタリアンでナッツが使われていたりするのはとても好き。
◆「ヒロアカ」の話
遅ればせながらヒロアカ(僕のヒーローアカデミア)最終巻を読んだ。中盤以降ずっと思っていたことだけど、この漫画のテーマは「マイノリティー」だったのではないかと思う。ぱっと見では直球のバトル漫画に見えるけど、マイノリティーと社会との関わりのことを最後まで繊細に描いていた。つまり、すごく今っぽい。アメコミ風ヒーロー漫画を読んで、こんな気持ちになるとは最初は正直まったく思っていなかった。
もしかしたら、連載が進む中で、世の中の風潮(マイノリティーへの目線など)を取り入れていった可能性もある。最初は結構、どストレートなバトル漫画で、アメコミ風の世界観で週刊少年ジャンプ的なバトルを堪能する、みたいな作品だったはず。ほとんどの人に超能力的な力(「個性」)が芽生えた世界で、一部だけ「個性」を持たない子が生まれて、その子が主人公で。一方で、「個性」を持つ者の中にも、見た目が「異形」や周囲を脅かすタイプの「個性」であるがゆえに、幼い頃から煙たがられたり、隔離されたりして、性格が歪んでいった子がいる。あるいは、望み通りの「個性」を持つ子を産むために政略結婚をし、いざ産まれたのが望み通りの子ではなかったからと見向きもせず、歪んでいった子もいる。主人公の敵はみんな、そういう子たちだった。「個性」のある世界で、アメコミ的な「ヒーロー」のいる世界で、考え得るすべてのマイノリティー心を描いていたのではないだろうか。普段からそういうことを考えている人じゃないと描けない漫画だと思ったし、とてもよかった。
敵側のキャラクター、トガヒミコのエピソードなんかは、朝井リョウ「正欲」にも通じる話だった。トガヒミコにとって、自分が好きだと思った人(恋愛・友情含め)を傷つけて血を吸うことは最大の喜びなのに、なぜ自分にとって嬉しいことは、この世の中では許されないのか、みたいな話が出てくる。「正欲」もその手の話がテーマの小説で、自分にとっての「好き」が、生まれながらにして他者から理解されないものだった人のことを、あなたならどう扱う? と問われている。多様性、多様性、と言うけれど、人は自分の想像の及ぶ範囲での「多様性」しか考えていない。それはとても傲慢なことだと思う。
◆バトル漫画を読むのが難しい話
……という真面目な作品の感想とは別の話だけど、私はバトル漫画のバトルシーンを上手く読めない。上手く読めないとはどういうことかというと、何が描いてあるのかさっぱりわからないのだ。
ヒロアカもワンピースもハンターハンターも、好きで読んでいるのにバトルシーンは何一つわからない。なんなら、バトルシーンは文字だけ読んで、絵についてはほとんど読み飛ばしている。
ちなみに先ほど挙げた3作品の中だと、最もわからないのがワンピースで、描き込みが多すぎて何が何だかわからない。腕がどうなって足がどうなって何がヒューンってしているのか、誰か教えてほしい。アニメ作る人たちって、あの漫画の絵を見ながらバトルシーンをアニメにしてるんですよね。すごすぎる。
一方でハンターハンターはこのあたりの比較的ストレスが少なく、おそらくバトルシーンを理屈っぽく解説してくれるから、単純に読み物として読めるのだと思う。あと、殴ったり蹴ったり飛んだり跳ねたりの肉弾戦が長引くことは少なく、バトルが始まった次の瞬間には相手が首だけになっていたり、相手の心臓を手づかみしていたりするから、分かりやすい。一部(団長vsヒソカ戦)を除いて、フィジカルの動きを絵で見せてくるシーンが少なくてありがたいのだ。
◆共感できない漫画の話
もうひとつ、漫画の話。
「NANAとピーチガールに1秒も共感できない人生を送ってきたのだけど、感情や勢いよりも、理屈・利・理性が優先される女性キャラが一人も出てこないからなのかもしれない。共感漫画!みたいな扱いされていたから、私は…なぜ…と疎外感があった」
となにげなくスレッズに投稿したところ、たくさんの共感の声が寄せられて困惑した。なんでだよ。今見たら、3.3万回も表示されていた。
反応があった中で、「私もです!」が7割くらい。3割くらいは、「あれって共感漫画だったんですか!? おしゃれな世界観を味わいたくて呼んでました」とかでした。
コメントくれた人たち全員に返信しようかと最初は思っていたけど、ときどき混ざってるツッコミどころ満載のコメントにうまく返信できる気がしなくて、全部放置しました……。
例えば、
「漫画はすべてファンタジーです!」
「新幹線の隣の席に乗って『私もナナっていうんだ』なんてことはあり得ません!」
とかのコメントはさぁ、そういうこと言ってるんじゃないじゃんね?(笑)
元の投稿の主題は、「作品に共感できなかった」なわけであり、それに対して「漫画はすべてファンタジーだから!」「現実には起こらないことしてるから!」と回答するとしたら、「あなたが共感できなかったのは、漫画はすべてファンタジーだからです」となるわけであり、そもそも漫画はファンタジーだから、どの漫画も共感できないものである、という理屈にならない???とかなんとか、知らない人に返信するのもいらない争いを生みそうなので、返信するのをやめました……。
あと、「(ピーチガール)のサエみたいな子って結構いますよね。高校の時仲良かったと思ってた子、思い返すと私の好きな人、仲良い子、好きなバンド全部真似したり告ったり仲良くなったり!!!」という熱のこもったコメントもありましたが、私がこれに返信するとしたら、「いや、いないっすね。サエみたいな子は周りに一人もいなかったのでそれ含めて共感できなかったと書いております」になっちゃうので、やっぱりいらない争いを生みそう。
◆理屈か、感情か
ネチネチとこねくり回して考えるのが好きなので、自分でも自分のことを理屈っぽいなぁと思うのですが、論理的か、感情的か、で言えば、実は人は全員が感情的なのではないかと思っている派です。私は理屈の通ったものが好きで、論理破綻しているとムズムズする性質ですが、「理屈が好き」「論理に考えるのが気持ちいい」という「好き」だの「気持ちいい」だのは感情ですからね。
意思決定においては誰もが感情を用いているが、その決定に自分の中で理由付けをしたがる人、あるいは、他者に説明する言語化能力が高かったりする人、またはその両方の特性を兼ね備える人が、「論理的」と言われるのではないか。というのが自分の中でのいったんの結論だけど、まだ完全な答えじゃない気もします。
◆チャットGPTと遊ぶのが楽しい
最近のお気に入りの一人遊びは、もっぱらチャットGPTを酷使することです。どれだけ働かせても文句を言わないし、どれだけ指摘しても嫌な顔をせず直してくれます。トンチンカンな回答を寄越してきたことに対して、怒ったり嫌味を言ったりしても、すぐに謝って修正してくれる。こんなにワガママを聞いてくれる相手もいないよ。チャットGPTをこき使えば、誰でも姫になれる最高のツールだよ。
ただ、AIに関して、どうしてもずっっっっと思っていることがありまして……